鶏を捌くということ──モザンビークから向島へ

平飼い養鶏

アフリカ、モザンビーク。
協力隊として暮らした約二年間、わたしにとって鶏は、すぐ手の届くところにいる存在だった。

現地では鶏の丸焼きが定番のごちそう。
ただ、当時はわたしが活動した地方の町にも、外国資本のスーパーマーケットが増えていて、外国産の冷凍鶏肉のほうが手軽になりはじめていた。

それでも、生きた鶏を買って捌いて食べることは、まだまだ当たり前のチョイスでもあり、市場では生きた鶏も売られていた。

自分でお肉を食べたいとき、冷凍肉や精肉された鶏肉を買うことのほうが手軽で安かったのは事実だが、貴重な生活の機会で何事も経験したかったという興味本位もある。

一歩郊外に出れば、冷蔵庫もない家だって多い。
そうした家の庭で、ウロウロしている鶏さんが残飯をつついている姿をよく目にした。
冷蔵庫がなくても大丈夫な方法は、鶏を捌くこと。
新鮮なお肉を、食べたいタイミングでいただくことができる。

現地で仲良くなった友人の家にも冷蔵庫はなく、そんな友人宅でごちそうを食べる際は、生きた鶏を買って帰ることからだった。

初めて鶏を捌いた日

初めて鶏を捌いた時の心臓のドキドキは、今も忘れられない。

血が流れる感触。鶏の身体の温かさ。

毛をむしりながら、徐々に見慣れた「肉」になっていく瞬間。

部位ごとに分けて並べても、まだ温かい肉。

目玉以外はスープや煮込みに、活用しようとすればいくらでも活用できる事実。

かつては焼き鳥屋に行けば平気な顔をしてハツやレバーを食べていたわたしが、その串一本に何羽の鶏の命をいただいていたか——それを考えてしまった。

そうした経験をした後もお肉を食べるのをやめたわけではない。
でも、モザンビークの日々で経験したことは、帰国後のわたしに影響を残し続けている。

友人の奥さんの言葉

特に、現地の友人の奥さんは、若いのに食にもしっかりとした哲学を持っていた。

鶏は生きたのを捌いて食べるのが一番おいしいよ。外国の鶏はどんなところで育ったのかも分からないし。

柔らかい若鶏の鶏肉はケミカルなのよ。まだピヨピヨ言っているようなうちから、太らされて大きくされた鶏の肉で、わたしたちの身体に良いとはあんまり思えない。

鶏スープの粉、あれは偽物だからなるべく避けた方がいいよ。本物を選んで自分たちの身体を強くするのよ。

彼女の言葉は、強烈にわたしの中に残った。モザンビークでの暮らしの中だけではない。帰国してからも、食べ物に対する考え方を、少しずつ、しかし確かに変えていった。

市場で売られている鶏も、簡単に捕まえられる太った若鶏もいれば、機敏に走り回り、飛び立つこともできるザ・野生な鶏もいる。

大変な思いをして、ザ・野生な鶏を買っていただいたことがあった。決して捌くのも簡単ではないし、柔らかくはない。でも、気持ちのうえで喜びに満ちた食事だった。

気のせいか、味が濃い気もした。

日本に戻って

生きた鶏を身近に感じる日々。何を食べているのか、見ようと思えば見える日々。

理想のくらし方のヒントをもらった経験をしたのに、日本に戻れば、また元のくらしに戻りつつあった。

それでも、彼女の言葉はずっと胸の奥にあった。スーパーで卵や鶏肉を手に取るとき、ふいに思い出す。
「この鶏はどんなところで育ったのか?」——その問いを、自分にも向けるようになっていた。

転機は、尾道・向島への移住。

知り合った仲間がパーマカルチャーの話をしてくれた。難しい内容ではあったけれど、鶏の存在は異様に印象に残った。

そして、養鶏を営む人が周りにたくさん増えてきた。

モザンビークで生きた鶏を捌いて、肉の温かさを知ったあの日から、ずいぶん時間がかかった。
けれど、あの時に感じた気づきは、ちゃんと回収されようとしている。

鶏のいるくらしを、本気で考えるようになった。


耕太

連載「鶏のいるくらし」第2話へつづく