できることを、ゆっくりこつこつ。
島の海も山も、くらしのそばにある。人と共にある自然と、ゆっくりくらす。
向島という場所
本州と海で隔たれているものの、渡船は大人100円、5分もかからない船旅でたどり着ける島。しかも、2本の橋で本州ともつながっている。
スーパーマーケットもホームセンターもある。本州とほとんど変わらない暮らしが営める場所。
それでいて、高見山をはじめとする里山の自然と、多様な海岸線が残っている。観光で訪れる人も多い、風光明媚な尾道・しまなみ海道。でも、その煌びやかな面だけではない。
人と共にある自然
日本海や太平洋、長野の山を目にした時のような、自然の厳しさや驚異、崇高さとはまた違う自然がここにある。
人が立ち入れない自然ではなく、人と共にある自然。そんな感覚。
かつて柑橘の段々畑でオレンジ色の宝の山だった向島の里山は、今では棘に覆われた鬱蒼とした状態になっている。そこも、人が入り手を入れ、ところどころに果樹を植え、気持ちいい場所になれば——そう思いながら、山に入っている。
海の話
海では年々、生息する魚の種類が変わる。クラゲの発生時期も、わたしがこどものころとすっかり変わってしまった。そして、何よりも魚の数が減っている。
「それは、人間がたくさんの魚を釣っているからですか?」
「いや、例えば農薬……草管理の人手が足りなくなって、どんどん農薬を使うのが当たり前になっている。それが、海に流れてって海の生き物は生きれんようになる。」
第一次産業に従事されている方は、70代、80代の方も多く、食を支える担い手は不足している。空き家も増える中、修繕して直すよりも新築の方がマジョリティ。便利であり、癒しであり、恵みであるこの自然は、人が手を入れながらともにあるものなのかもしれない。
ジレンマを抱えながら、歩んでいく
今の便利な資本主義社会の恩恵を受ける者の一人として、こうした課題の加担者であることは否定するつもりもない。
それでも、その中でできることはあるはずだ。
0か100か、完璧主義でもなく。日々できることをしつつ、ジレンマやモヤモヤも抱えながら、学びながら歩んでいくこと。
結局、こうした里山との向き合い方が、わたしの教育現場での実践におけるスタンスと重なる。
できることを、ゆっくりこつこつ
誠実に、みらいに少しでもよい里山を残していくために、できることをゆっくり、こつこつ。
小さななりわいの集合体として、実際に手を動かして誰かのお役に立てるなら——そう考えています。お仕事の依頼はお問い合わせフォームよりどうぞ。
取り組んでいること
農に携わる:菌ちゃん農法・自然農法・有機栽培野菜・野菜と果樹・米づくり
適正技術:直しながらくらす家・ものづくり・ロケットストーブ
生き物とのくらし:縄文柴犬・養鶏
里山の整備:刈払いのしごと・伐木のしごと
海とのくらし:シーカヤック・海の恵みをいただく